昔話

俺の高校時代からの友人Aが、以前から思いを寄せていたBさんとなんとか話す機会を持つことが出来て、とんとん拍子で「じゃあ今度2人で会おう」というところまでこぎつけた。Aはひどく喜び、「もう頭のネジが緩みっぱなしだようはは」と俺に打ち明けた。

決してモテないわけではない男だったが、Aにとって彼女は高嶺の花だったので気負いも大きかった。デート当日、Aは生まれて初めて花束を買った。思いのほか値段が張ることに驚いたが、ケチろうという気は全くおきなかった。ついでに上等なシャンパンも買ったのだが、これについては「デート中、いつ飲もうってんだ。まさか初めてのデートでどちらかの自宅に行くということもあるまい。バカか俺は」と思った。だがきっと彼女は驚くだろう。それほど自分が舞い上がっていることをきっとわかってくれるに違いない。

待ち合わせ場所には30分前に到着した。大きな花束とシャンパンを抱えているので好奇の目が痛い。しばらくして彼女が現れた。周りの風景が一変したような気がした。彼女以外のものが、白い光で飛んでしまったような一瞬。時間の進むのが少しだけ遅くなったような気もする。

「待った?」
「いや、全然! 時間ぴったりだね」

今日のデートプランは柔軟に作ってある。彼女のどんな要望にも応えられるように、予め覚えきれないほどの情報を調べておいたのだ。だが、彼女は言った。「今日ね、実はちょっときてほしいところがあるの」。どこなりと、とAは思った。

着いた先は公民館のような殺風景な建物だった。ここで一体何があるんだろう。展覧会か何かだろうか。彼女の作品が展示されているのかもしれない。そんな想像をめぐらしているうちに、彼女はすたすたと中に入っていく。そして受付らしきところに回りこんで、席についた。「え?」

「え、ぇえ? ちょ、ええと、Bさんここで受付やるの?」
「うん、A君に見てもらいたくて連れてきたの。私はここにいなきゃいけないから、A君は私のことは気にしないでじっくり中でお話聞いていって」

某宗教団体のイベントだった。

Aは花束とシャンパンを会場の隅に捨て、俺に電話をしてきた。

「……、というわけだよテラヤマ。笑ってくれ」
「うはははははははははは。どう? どう? 今、頭のネジどう?」
「アレだな。ネジ山完全に潰れる位ギッチギチに締められたな」
「だろうな!」