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カメラとゲームが目指す絵の違い

元々ゲーム人間だったので俺は、ハイダイナミックレンジ(HDR)レンダリングと言ったらすなわちそれはライトブルーミング効果とかグレア効果、レンズフレア表現など、人間の目が見るのと似たような絵を作り出すことであり、言い換えると「超まぶしいモノは超まぶしいモノとして潔く白飛びさせる」「輝度のピークをベースに、知覚できるレンジを決定する」ということになると思う。

人間の目のダイナミックレンジは全体としては結構広いけども、その瞬間瞬間で感知できるダイナミックレンジは輝度のピークに支配されてるのでそんなでもない。逆光の状況で対象物を見ると、逆光の輝度のせいで虹彩が自動的に絞られてしまって、対象物のディテールがみんな消えちゃう。シルエットになっちゃう。ゲームではこれを再現するために、わざわざ突然の逆光状況では意図的にレンジをずらして対象物を黒つぶれさせ、そののち、目が慣れてくるに従ってじんわりと見えてくる(=瞳が露出補正を行う)、みたいなことをやっている。大昔の3Dゲームではもちろんそんなことは出来なかったので、陰影や強輝度の光は最小限であり、画面を見渡すと隅々まで何もかもが見えているっつー不自然な絵だったわけですけど。

それに対してカメラっつーか写真の世界では逆のことをやってるんですよね。本来人間の目が見ても絶対白飛びするところを無理矢理抑えて、絶対黒つぶれするところも持ち上げて、隅々まで何もかもが見えてるっつー、ある意味不自然な絵を目指そうとしてるように思える。瞬間瞬間で感知できるレンジを切り取るのではなく、時間の流れをもひとつの写真に収めようとしている。

ほいでさらに、ゲームの世界ではリアルな表現として有り難がられているフレアは、写真の世界では「逆光に弱いレンズ」というマイナスの評価になっちゃうっつー。

ゲームは弱点も含めて人間の目をとことん再現しようとしていて、カメラは人間の目を目指しつつもさらにそれを超えたところまで行こうとしてる。ゲームだったら「不自然」と片付けられてしまうような、美しすぎる絵をカメラは目指してる。と思いました。おわり。