クドカンさん

長ゼリフがない。大体一人のセリフに1行って考えてて、改行すると、これは改行してまで言いたい事か? って思うんですよ台本書いてて。1行に収めた方がかっこいいんじゃないかって思っちゃうから、セリフの中でも切れるところは切っていこうと。
自分の中で気持ちいいリズムにするとああなっちゃうんですよね。

木更津キャッツアイ』の台本についてのクドカンさんの言葉。結果的に「セリフが短い」→「カットとシーンが多くなる」→「普通の1時間ドラマと比べると時間あたりの情報量が異常に多くなる」ということになっている。通常のドラマの演出方法で撮ったら軽く2時間分になってしまう話の筋を、決して無駄な場面ではないのにどんどん切り詰めていって1時間に収めてしまうことが、見る側に切られた部分を想像で膨らませる楽しみを与えてくれていて、重層的にドラマを楽しめるようになってるのだと思った。クドカンさんの場合切られるのは主に話の本筋の方で、残されるのはテンションの高いコントのシーンになってる。多分理由は照れなのだと思うのだけど、なので通常のドラマに慣らされている人にとっては意識を集中して見ないとやたらと登場人物が大きな声で怒鳴りあってるだけで、話がどうつながっているのかわけがわからない話、という風に見える。ここらへんが、意識を集中しづらいリアルタイムの本放送だとなかなか視聴率があがらない理由のように思える。もちろんターゲットとなる視聴者層が元々本放送を見ない人たちで、録画とかDVDで見る人たちということもあるのですけども。あと俺はクドカンさんのコントは正直それほど面白いとは思わないのだけどもクドカンドラマはものすごく面白いと感じていて、書いてる本人ですら本筋を忘れてしまいそうに長いストーリーをほとんど全てコントでつなげていく手法と、それを普通のシナリオライターが10人束になっても敵わないスピードで書き上げていく筆の速さというかプロ意識には畏れすら感じる。あとこの手法をちょっと変えて長いセリフのコントを複雑につなげるようにすると『レザボアドッグス』と『パルプフィクション』になるような気が。
最近ネットで「クドカンドラマ好きの人たち」を揶揄する発言(意図は俺にはよくわからない)をよく見るのだけど、それはまあいいとしてもクドカンさん本人とクドカンドラマ自体を揶揄するのはちょっと許しがたいなと思った。
あとこのからみで『ハリウッドリライティングバイブル』という本を思い出した。これはちょっとでも「物語」を書こうと思ってる人は全員読むべき本。面白い。