はてなダイアラー映画百選

一度でいいから殴りたい、観てない映画を貶すバカ。歌丸です。id:kasai:20040211#p1くんよりバトンを受けて、はてなダイアラー映画百選、いかせていただきます。

遊星からの物体X遊星からの物体X ASIN:B00005LMIX

映画は映画館で観るもんだ。それも若い時に観るもんだ。ここで俺がレコメンドして、君らが「ちょっと観てみようかな」という気持ちになってDVDを借りてきたとしても、俺が22年前『遊星からの物体X』を映画館で観た時の衝撃は君らには決して味わうことができない。それがとても残念だ。本当に残念だ。SFXがどうとか、CGがどうとか、技術の進歩のせいで映像が古臭く見えることが問題なのではなくて、全てはあの映画館の雰囲気に包まれて観たかどうかにかかっている。あーでもないこーでもないと映画の薀蓄を垂れる以前の、本当に若い感性を持っていた時分にそれを観られたかどうかにかかってる。

わくわくしながら映画館に入って、新作のチラシを斜め読みして、さほど混んでない場内の左後ろあたりに陣取って、ローカルなCMと長い予告をポップコーンでやりすごし、スクリーンがワンサイズ横に広がって、ライトが消されて、ケツが痛くならないようにもぞもぞとシートにもたれかかり、肘掛けに手を置いて、そして『遊星からの物体X』が始まった。見渡す限り白い地平線が広がる南極。犬が一匹走っている。それを追うヘリが躍起になって機銃を撃っている。「なんで犬一匹殺すのにヘリまで出動すんのよ。つーかこれ静かな映画だなおい」。痩せぎすで脂肪が全くなかった俺はケツがすぐ痛くなるもんだから、やたらと腰をもぞもぞと動かす癖があって、その日も映画が始まった直後からもぞもぞもぞもぞ動きまくってた。後ろの席の野郎がうざがってるんじゃないかと気を遣わずにいられない。犬はヘリの追撃を振り切って生き延びた。ヘリを操縦していたのとは別の国の基地に保護された。「よかったな。殺されなくて。つーかこの犬が主人公なのか?」。基地で元々飼われている犬ゾリ用のハスキーと同じ小屋にそいつは入れられた。夜。犬から足が生えてくる。蟹のような外骨格に覆われた巨大な足がバリバリと犬の腹から生えてくる。節のないミミズのようにつるんとした触手まで無数に生えてきて、ビュンビュンとムチのようにしなって他の犬を威嚇しはじめた。「なんだこいつは! 犬じゃねえ! 殺さないと! 殺せ!」。これは後から気付いたことだけど、犬が犬でなくなって以降、俺のケツは全く痛みを感じなくなってた。というより、椅子に肘掛けがあるということ、自分が椅子に座っているということ、目の前にスクリーンがあるということ、それら全部が意識から消えていた。俺はスクリーンの中にいた。スクリーンの中で犬ではない何かに怯え、逃げ場を失って悲鳴をあげていた。寒い。震えが止まらない。歯がガチガチいってる。ずっと肩をちぢこませているせいで、筋肉が石みたいに硬くなってる。映画が終わった時、俺はしばらく席を立つことが出来なかった。

きっと誰もが一度は経験するこういうことを、俺の場合は『遊星からの物体X』で経験した。そういう話。冷麺にもこの時代の話を書いたことがあって、また懐かしい気持ちになった。

次は、俺の中で「好きな映画を語ってもらいたい人」の筆頭であるid:screammachineさんにお願いします。